テニスコーチ30年弱、二刀流で歩いてきた話。
3人のコートが40人の場になるまで

30年弱、二刀流でテニスコーチをやってきました。
スクール本職と並行して、もうひとつ「お客さんの集客は会社、コートとボールは自分」という、ちょっと変わった場で、ずっとラケットを振ってきました。
始まりは、3人でした。それが少しずつ、4面・40人の場になっていきました。
「コーチ、独立されたんですか」と、ときどき聞かれます。正確には、ちょっと違います。独立した、というよりは、30年弱ずっと二刀流でやってきた、というのが本当のところです。
このコラムは、その二刀流の歩き方を、できるだけ正直に、私(あつしコーチ)の言葉で書きます。新しいことをたくさん教えるコラムではなくて、ただの一人称の振り返りです。お時間がある日に、お茶でも飲みながら読んでもらえれば。
1. 始まりは、断った1本の電話だった
もう30年弱前の話になります。
当時の私は、勤めていたスクールを辞めて、別のスクールに移ろうとしていました。次の場所の説明を聞きにいくつもりで、いくつか話を集めていた頃でした。
その中のひとつから、声がかかったのです。「うちで、テニスを教えてみませんか」と。
説明を聞いてみたら、想像していたものと違いました。普通のテニススクールではなくて、お客さんの集客は会社の側がやるけれど、コートは自分で押さえる。ラケットもボールも、自分で用意して教える。そんな仕組みでした。
「これは、スクールじゃないな」というのが、その時の私の正直な感想でした。私は、いったん断りました。話を聞きにいったのに、お断りした形で帰ってきたのを、いまでも覚えています。
「いまの言葉で言えば『フリーランス的に、コーチをやってみないか』という話だったんですよね。でも、当時の私には、その感覚がなかった。スクール=会社、と思い込んでいました」— あつしコーチ
結局、私はその時、別のスクールへ移りました。話は、それで終わったはずでした。
2. 「一回だけ、やってみませんか」の電話
移ったスクールでしばらく経った頃、もういちど電話がかかってきました。
「一回だけでいいので、やってみませんか」
その一言に、なぜか「いいですよ」と返事をしていました。一回だけだから、と。それくらいの軽さでした。
当日、コートに立ってみたら、不思議と面白かったのです。集まったのは、たしか3人だったと思います。会社が連れてきてくれた3人。私は、コートを自分で押さえて、ラケットとボールを自分で持ち込んで、教えました。
2時間が、あっという間に過ぎました。終わってから、「また来月もお願いできますか」と言われました。私は、はい、と答えていました。
それから30年弱、ずっと続いています。本職のスクールはスクールで続けながら、月に何度かは、こちらの場でも教える。それが、私の二刀流の始まり方でした。
3. 二刀流という働き方
世の中の人から見ると、「テニスコーチ」と聞くと、たぶんスクールの先生を思い浮かべるんじゃないかと思います。私もそうでした。
でも、もうひとつのほうは、ぜんぜん違う種類の仕事でした。
- コートを自分で押さえる(公営が取れなければ、私営のテニスクラブを借りる)
- ラケットの貸し出し、ボール、コート整備の道具、全部自分で持ち込む
- 1ヶ月のレッスンプラン(5回分)を、自分で組んで会社に出す
- レッスン後の懇親会の場所も、こちらで押さえる
会社が集めてくれた40人を、4面のコートに分けて、上級・中級・初級に振り分けて、2時間ずっと教える。これを月に何度か繰り返す。これが、もうひとつの仕事の中身でした。
スクールでは「会社が用意したコート」「会社が決めたカリキュラム」の中で教える。こちらでは、コートからカリキュラムから全部、自分で組む。同じ「テニスを教える」でも、頭の使い方がぜんぜん違いました。
「両方やっていたから、たぶん30年続いたんだと思います。片方だけだったら、たぶんどこかで飽きていたか、燃え尽きていました」— あつしコーチ
4. 3人→5人→7人→11人→40人
最初の話に戻ります。始まりは3人でした。
当時、まだ会社のテニス事業も大きくなくて、私のほかにあと数人のコーチで回していました。「テニス担当のコーチ4人の1人」というのが、私のポジションでした。
最初の数回は、本当に閑散としていました。「これ、続くのかな」と内心思っていました。コート代は、1時間5,000〜6,000円。当時は公営コートを押さえるのが本当に難しくて、私営のテニスクラブを借りていました。会社が半分負担してくれていましたが、それでも安くはない。3人で、こんな金額を回していたら、そのうち成立しなくなる。
転機になったのは、お客さんの側に「協力してもらう」と腹をくくったことでした。
「友達を連れてきてくれませんか」「次の時、もう1人誘ってもらえませんか」。レッスンの終わりに、ちょっとずつお願いしました。3人が、5人になった。次の月に、7人。その次に、11人。コートが2面になり、3面になり、いつの間にか4面・40人体制になっていました。
担当のコートは、品川・成城・西船・川崎。コーチ仲間は、別の方が東浦和や久我山あたりも担当していました。東京・神奈川・千葉・埼玉に散らばる4面のコートを、月のスケジュールで回す。それが、ある時期からの私の仕事でした。
5. レッスンのあとは、毎週末、決まったお店
もうひとつ、書いておきたいのが「レッスンのあと」のことです。
40人の場で2時間打ち合うと、自然と人と人がほぐれます。ラリーが続いて笑い合った人、ペアでミスして頭を下げ合った人、上達してハイタッチをした人。そのまま解散するのは、もったいない。
だから、毎週土日のレッスンのあとは、決まった居酒屋に集まることになっていました。コートから歩ける場所にあるお店です。
そのお店の店長が、また、いい方で。コートからの帰りに毎週寄っているうちに、何年もかけて関係ができていきました。「お客さんが何人になるか、その日にならないとはっきり分からない」と相談すると、嫌な顔ひとつせず受け入れてくれる。コースを決めれば、その人数分の席は確保しておいてくれる。
店長はその後、独立されて、自分のお店を持たれました。創作料理のお店で、メニューにないものをよく作って出してくれます。「コーチ、今日はちょっと面白いの作ったので、食べてみてください」と言って、その日の気分の一品を出してくれる。そんな関係が、もう20年近く続いています。
飲み会の参加費は、たぶん、世間の感覚からするとお手頃なほうです。飲み放題付きで4,000〜5,000円くらいのコースを基本にしています。昔は女性が2,000円台、男性が3,000円台でやっていた時期もありました。当日の人数で読めない部分があって、1人9,000円になってしまったことも、過去に1回だけありますが。
「テニスのコートが半分、居酒屋のテーブルが半分。それで、30年弱、人が育っていきました。コートだけだったら、たぶんここまでの関係は作れていません」— あつしコーチ
6. 30組以上の結婚を、その場で見届けて
結果として、30年弱の歩きの中で、30組以上の方々が、その場から結婚していきました。
正直、当時の私は「縁を作ろう」とは、ほとんど思っていませんでした。私の仕事は、コートで教えることと、レッスン後の場を整えること。それだけです。でも、4時間(テニス2時間+懇親会2時間)を月に何度も一緒に過ごしていると、自然に、人と人がつながっていく。これを30年弱、ずっと見ていました。
婚活パーティに足を運んで結婚していった方も、もちろんいます。でも、その方たちは「ご縁があったから」結婚したのであって、パーティの仕組み自体が縁を生んだわけでは、たぶんない。同じ趣味の場で、何度も顔を合わせて、自然と仲良くなる——これが、私が30年弱見てきた、いちばんスムーズな縁の生まれ方でした。
7. テニスにあまり興味がなくても、来てくれていい
これから書く新しい場、Love All Tennis について、ひとつだけ、ここで伝えておきたいことがあります。
来てくれる方は、テニスにあまり興味がなくても、ぜんぜん構いません。
もちろん、テニスが好きで来てくれる方は、いちばん歓迎です。でも、「正直、テニスは久しぶり」「学生のときに少しだけ」「ラケットも持っていない」という方が来てくれることのほうが、私はむしろ嬉しい。
30年弱見てきて分かったのは、「出会いをきっかけに来た方が、結果的にテニスを好きになっていく」ということでした。これがけっこう、よく起こります。最初は人に会いに来た方が、3ヶ月後には「ラケット、買おうかな」と言い出している。半年後には「次のレッスン日、いつですか」と楽しみにしている。
その後の流れも、ご自由に。Love All Tennis に通い続けてくれてもいいですし、テニスがもっと深くやりたくなったら、近くのスクールに移ってもらってもぜんぜん構いません。「テニスを好きな人が、少しでも増えてくれればいい」。これは、30年弱コーチをやってきた人間の、わりと素直な気持ちです。
8. 30年弱の続きとして、Love All Tennis を
そして、いま私は、Love All Tennis という新しい場を、東京・品川で立ち上げようとしています。
長くやってきたもうひとつの場とは、また別の場として、月に1回、品川で開いていきます。第1期は2026年8月22日(土)から。20代〜50代の方を対象に、合同で開催する予定です(次回以降は世代別の2部制を予定)。
30年弱で見てきたコート上の縁の生まれ方を、もう一度、自分の手で、自分の意志で、設計した場として作ってみたい——。それがこの場の動機です。
長年やってきた経験を踏まえながら、それでも、Love All Tennis は第1期メンバーから一緒に作っていく、新しいサークルです。前の場のお客さんがそのまま移ってくる場でもなく、過去の延長線上にある場でもない。第1期に来てくれた皆さんと一緒に、温度を作っていく場にしたいと思っています。
「30年弱続いた理由は、たぶん、コートが面白かったのと、お客さんが楽しんでくれたのと、店長がご飯を作ってくれた、それだけです。Love All Tennis も、たぶん同じです。難しい話は、いりません」— あつしコーチ
あなたへ——「もう遅い」と思っている方へ
最後に、ひとつだけ。
「もうテニス、若い頃にやって以来やっていない」「いまさら、出会いとか言うのも気恥ずかしい」と感じている方が、もしいたら。
私は、たぶん皆さんよりも、ずっと長く生きてきています。歳に関係なく、テニスは何歳でも始められます。50代でラケットを握り直して、3ヶ月後に「楽しい」と言ってくれた方を、何人も見てきました。出会いも、同じです。30代で焦って動いた人より、40代で落ち着いて動いた人のほうが、いい縁を持ち帰っていったケースも、いくつも見ています。
「もう遅い」は、思い込みです。Love All Tennis では、「もう遅い」を一緒に消していく場でありたいと思っています。
第1期メンバー募集中
2026年8月22日(土)スタート
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テニスコーチとして何年やっていますか?
もうひとつの場は、どんな仕組みでしたか?
そもそも、なぜ二刀流を始めることになったのですか?
最初の集客は、どうやっていたんですか?
なぜいま Love All Tennis を立ち上げるのですか?
— あつしコーチ
テニス指導歴30年・独立プロコーチ。教え子から30組以上の成婚を見届けてきた現場の観察を基に、Love All Tennis のコラムを綴っています。